空襲警報の出た
米戦闘機B29が編成を組んで東京上空を飛ぶのを近藤富枝は目の当たりに見ている。
つまり死と向かい合わせになっていた。
それでも「なんてB29は美しいんだろう」と思ったと言う。
又、どうせ死ぬなら職場のNHKで死にたいと、空襲警報の出た中で出勤したという。
母も含めて空襲体験者に聞くと、閃光煌めく飛行機は美々しくも見えたそうだ。
恐怖も極限を超えるとそうなるのだろうか?
もっとも、富枝はさらに「私は美しいものが好き」と続けるからかなり吹っ切れた人と思える。
女子アナの先駆者、近藤富枝は平穏な境遇で育った人ではない。
父親が日本橋の大店の主人だった遊び惚けて倒産、離婚、彼女は父方の祖父母に育てられた。
当時として最高教育の女子大に行ったのだから経済的には恵まれていた様である。
しかし、美しいものに一途になる気質と実の母と遠い事が私には関連性がある様に思えてならない。
先ほど、彼女は嘘ばかり放送していたと述べたが当時はそれを知らなかった。
つまり与えられた原稿を、そのまま明確に伝えるだけだったのである。
当時の放送部員の殆どがそうだった。
そう言う自由も無かったし、もっと言うなら恋する自由も抑圧されていた。
公共放送の職員だから、それなりに飢える事は無かったが、ロマンスには全く恵まれていなかった。